2019年3月29日(金)、元横綱・双羽黒こと北尾光司さんの訃報が届きました。
55歳という若さで亡くなってしまい、多くの人が驚きと悲しみに暮れています。

そこで今回は、元横綱・双羽黒こと北尾光司さんについて注目。

どのような人物であったのか、
経歴についてをまとめていき、亡くなった死因、
病気のきっかけ、闘病状態についてなどを
まとめていきたいと思います。

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元横綱・双羽黒こと北尾光司の経歴について

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名前 北尾光司(きたおこうじ)
生年月日 1963年8月12日
出身地 三重県津市
職業 元大相撲力士・元総合格闘家・元プロレスラー
四股名 双羽黒光司(ふたはぐろこうじ)

幼少期の頃は柔道をしていましたが、
地元の小学校に相撲場ができてからは
相撲にシフトチェンジし、毎日のように相撲に取り組むようになります。

地元の商店街の相撲大会で優勝したことで、
ますます楽しくなり練習に明け暮れる日々。

それは中学生になっても変わらず、
当時中学生に敵はいなかったといいます。

そのため高校へ行って稽古をつけていたんだとか。

高校に進学して欲しいという親の願いがありましたが、
本人は相撲部屋に入門したいという強い意思を持っており、
中学卒業とともに立浪部屋へと入門します。

一人息子で甘やかされてきたため、
わがままを言いトラブルを起こすことも…。

ですが、恵まれた体型と素質を持っており、
15歳で初土俵、その後数多くの金星を上げ、
番付を駆け上がって行きました。

そして1986年、なんと22歳のときに新大関へと昇格。

幕内の優勝経験がないにも関わらず
大関となった力士は初だったそうです。

また、22歳11ヶ月での横綱昇進は、
昭和以降では4位のスピード記録となります。

そうして誕生した第60代横綱・双羽黒光司ですが、
やはり幕内の優勝経験がないことに対し、
さまざまな方面から批判があったそうです。

批判はありつつも第60代横綱となった双羽黒光司ですが、
その後さまざまな問題を起こしてしまい、
結果廃業という形になってしまいます。

廃業してから2年が経った頃、
新日本プロレスからのデビューが決定。

初戦を勝利で飾り順調な滑り出しを見せましたが、
プロレスラーとして成功することはありませんでした。

おそらく、関取時代も含めですが、
言動や行動に全ての問題があるのでしょう。

下積みの努力をすれば本格的なレスラーに
なれると言われる逸材だったものの、
不快なパフォーマンスや言動により(民族差別発言もあり)
契約解除となりました。

このように、

北尾光司さんは恵まれた体格と素質がありながらも、
練習嫌いだったり、行き過ぎた行動・言動をすることで
嫌われてしまうことが多かった様子。

生粋のヒールキャラだったと言えるでしょう。

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今回の訃報、死因について

生粋のヒールキャラだった北尾光司さんですが、55歳での死去という早すぎる訃報に惜しむ声が多くツイートされていました。

55歳という早すぎる死、死因は慢性腎不全だったと言います。

私たちの元へ訃報が届けられたのは2019年3月29日(金)のこと。
もうすでに葬儀、告別式は執り行われたんだとか。

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病気になったきっかけと闘病状況

2003年、当時40歳のときに廃業となった立浪部屋を訪れ、
アドバイザーを務めたという報道がありました。

この報道を機に、表舞台から姿を消してしまいます。

表舞台から姿を消してしまった北尾光司さんに対し、
このようなツイートがありました。

しかし、北尾光司さんは腎臓を患い、闘病生活を送っていたといいます。

闘病しているということが報道されたことがなかったため、
知らなかった方は多かったはず。

北尾光司さんが腎臓を患うようになった
きっかけについては明かされていません。

ですが、腎臓を患うようになる人に多いのは
生活習慣の乱れだと言います。

北尾光司さんはもともとしっかりと
自分の体調を管理するタイプではなかったため、
そうした生活習慣の乱れからきてしまったのかもしれません。

病気の原因ということははっきりとは分からず、
あくまで予想の話です。

そして、

2019年2月10日に慢性腎不全のため亡くなりました。

北尾光司さんはお医者さんの奥さま、そして娘が一人います。

おそらく家族みんなで病気と闘い、闘病生活を送られたことでしょう。

まとめ

元横綱・元プロレスラーなど波乱万丈の人生を生きた
北尾光司さんについて紹介していきました。

15歳で初場所、22歳で横綱と番付を駆け上がったもののトラブルが続き廃業
プロレスラーになるもこちらでもトラブルを起こし契約を解除されてしまう
55歳という若さで死去、死因は慢性腎不全だった
腎臓を患っていたという北尾光司さん、生活習慣の乱れからか

生粋のヒールで、「嫌い」とする人は多かったですが、
多くの人の記憶に残る、波乱万丈な人生を生きた北尾光司さん。

55歳での死去は本当に早いです。

ツイートでもありましたが、本当に「しくじり先生」に出て欲しかった…。

ご冥福をお祈りします。

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