音楽プロデューサー・松原裕さんが、4月4日(木)39歳の若さで亡くなったことが明らかとなりました。
がんのため闘病中だったとのこと。
そこで今回は、松原裕さんの症状時系列を紹介していきます。

経歴、嫁・子供は?気になることについて調査しまとめていきます。

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症状時系列

松原裕さんは2016年4月に、自身のブログでステージ4の腎臓がんであることを公表。

闘病の様子をTwitterなどSNSに前向きにつづる姿が大きな反響となりました。

自身のTwitterの概要欄には、

与えられた残りの人生。もっと誰かの為に。
【松原vs腎臓癌 “どこよりも解りやすい” 早見表】

このようなことが書かれていました。

自身に腎臓癌が発覚した日を、このように明るい感じでツイートしたり、

手術が終わった日のこと…、

お見舞いに来てくれた日のことをツイートしたりしています。

辛いときには「辛い!」、また「頑張る」と闘病を続ける松原裕さんの″リアル″がTwitterにはツイートされていました。

こちらは、亡くなる前日にツイートされたもの。
残念ながら4月3日に亡くなってしまいましたが、多くの人に勇気を与えました。

訃報を聞き、多く人が「ご冥福をお祈りいたします」とツイートしていました。

松原裕さんの生きた証となる闘病日記、そしておもしろコラムが「太陽と虎」の公式ホームページのコラムよりアップされています。

時間のあるときに、一度読んでみてはいかがでしょう。

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松原裕のプロフィール、経歴

名前 松原裕(まつはらゆう)
生年月日 1979年
出身地 兵庫県神戸市
職業 株式会社パインフィールズ代表取締役、ライブハウス太陽と虎 代表
    
株式会社610代表取締役

出典:https://www.musicman-net.com/relay/68156

聖和大学教育学部へ進学し、保育の道を目指していたという松原裕さん。
しかし、1年半で中退。

保育の道ではなく、音楽の道を進むことを決意します。

1997年にライブハウス・スタークラブにてアルバイトとして採用。
そしてその3年後となる2000年にライブハウス・PINEFIELDSの店長に就任。

2004年にはライブハウス・スタークラブ店長に就任。
2005年にはチャリティーイベント・GOING KOBEの実行委員長に就任など活躍。
2006年には株式会社パインフィールズ代表取締役社長に就任。
2011年にはKissFM KOBE番組審議委員に就任。
2015年には平成25年度神戸市文化奨励賞を受賞。

これは、ほんの一部です。

すべて紹介するのが大変なくらいその後、
ライブハウス、飲食店、レコーディングスタジオ、
インディーズレーベル、音楽プロダクションといった事業を幅広く手掛けます。

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嫁・子供は?

松原裕さんは20歳のときに結婚しています。

しかし、3年後、23歳のときに離婚。

元妻との間には2人の息子が居るのですが、
松原裕さんが2人の子供を引き取り、シングルファザーとして生活していきます。
現在息子は高校生と中学生になるんだとか。

シングルファザーでは生きづらいと感じた日もあったでしょう。

しかし、23歳で離婚し2人の子供を引き取り育ててきたのは立派といえます!

今回、父親を39歳という若さで亡くしてしまった子供たちが心配です…。

まとめ

4月4日に腎細胞癌のため亡くなった松原裕さんについて今回はまとめていきました。

2016年に癌であることを公表してからSNSに闘病の様子をつづってきた
ライブハウス、飲食店、レコーディングスタジオ、インディーズレーベル、音楽プロダクションなど数多くの事業を手掛ける
20歳で結婚23歳で離婚を経験し、子供2人を育てるシングルファザーであった

39歳とまだ若いにも関わらず、亡くなってしまった松原裕さん。
闘病のリアルをつづったSNSは多くの闘病中の人に共感、勇気を与えたことでしょう。

心より、ご冥福をお祈りします。

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