2019年9月15日(日)。
「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」兼「東京2020 オリンピック日本代表選考競技会」兼「第103回日本陸上競技選手権大会」が開催。

マラソンスタート前に国家独唱が行われ、コブクロの小渕健太郎さんが「君が代」歌うことになったのですが、なんとネットがざわつく事態に…。

一体なにがあったのでしょうか。

スポンサーリンク

コブクロ小渕健太郎のプロフ経歴は?

9月15日(日)に時の人となったコブクロ小渕健太郎さんのプロフィール・経歴を紹介していきます。

名前:小渕健太郎(こぶちけんたろう)
生年月日:1977年3月13日(現在42歳)
出身地:宮崎県宮崎市
身長:168cm
血液型:O型
職業:ミュージシャン・シンガーソングライター・作曲家・編曲家

宮崎県宮崎市にて生まれた小渕健太郎さん。
実家で日本民謡を教えていたため、幼い頃から音楽に親しんでいたと言います。

高校時代にはギターをもち、あちこちのバンドを掛け持ちしており、文化祭やライブに出ていたんだとか。

そのまま音楽の道に進むかと思いきや、高校卒業後は一般企業へと就職。
サラリーマンとしての人生を歩みはじめ、中学時代の同級生と結婚。

出世し主任になったときに、サラリーマンの傍らストリートライブをスタート。
安定した人生の中に、ちょっとした冒険が欲しかったのかもしれません。

そんなとき、路上ライブをしていた現在の相方・黒田俊介と出会います。当時から素晴らしい歌声を持っており、聞きほれたのだとか。

2日との出会いの場となったのは、堺東銀座通り商店街です。
JR堺東駅のすぐ近くにあり、今ではコブクロファンの聖地となっています。

意気投合した2人。そして黒田俊介さんからの提案により、小渕健太郎さんが楽曲を提供することになりました。
黒田俊介さんのギターの腕前が残念だったそうで、小渕健太郎さんが急遽サポートすることに。そんな成り行きで2人で活動するようになったと言います。
2人がセッションした日には、商店街に300人近い人が訪れたのだとか。

数週間ライブを繰り返し、黒田俊介さんの方から「一緒に組もう」と言われ、コブクロを結成。その後活動するようになっていったと言います。

コブクロを結成したその翌年に小渕健太郎さんは会社を辞めました。

最初はインディーズから活動をスタート。
デビューしたのは2001年で、「YELL〜エール〜/Bell」というシングルをワーナーミュージック・ジャパンからデビューしました。

その後の小渕健太郎さん、コブクロの活躍はみなさん知っての通りです。

小渕健太郎さんと黒田俊介さんがコブクロを組むきっかけとなった楽曲「桜」は、2005年に12thシングルとしてリリースされました。

スポンサーリンク

国家独唱がヤバかった?動画は?

9月15日(日)に行われたマラソン選考会前にコブクロの小渕健太郎さんが歌った国家独唱が「ヤバかった」とネットで話題になっています。

Twitterのトレンドランキング上位になるほど…。

話題になった動画はこちら ↓

歌っている様子から、小渕健太郎さんの緊張が伝わってきます。

スポンサーリンク

小渕健太郎の国歌独唱についてネットSNSの反応は?

では最後に、今回話題になった小渕健太郎さんの国家独唱についてSNSネットの反応をみていきましょう。

このようにさまざまな声がTwitterに投稿されていました。
「見てはいけないものを見てしまった…」リアルタイムで小渕健太郎さんが歌う国家独唱を聞いた人は驚愕だったようです。

残念ながらすぐに拡散され、リアルタイムで見ていない人にも聞かれてしまう事態に…。

まとめ

9月15日(日)にトレンド入りしたコブクロ小渕健太郎さんの国家独唱についてSNSの反応を中心にまとめていきました。

小渕健太郎さんの黒歴史になってしまいましたね…。
そして歴史に残る国家独唱にもなりました。

おそらく今後、他のアーティストが国家独唱をするたびにTwitterでネタにされるんだろうなあ…。

小渕健太郎さんには、今回の国家独唱をネタにして頑張ってもらいたいです。

スポンサーリンク
おすすめの記事